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『かぐや姫の物語』ラストが怖い理由は?月に帰るシーンの意味と捨丸との結末を徹底考察

『かぐや姫の物語』ラストが怖い理由は?月に帰るシーンの意味と捨丸との結末を徹底考察

高畑勲監督にとって結果的に最後の長編監督作品となった映画『かぐや姫の物語』を観終わったあと、皆さんはどんな気持ちになりましたか。私は、圧倒的な映像美に感動しつつも、あの独特なラストに言いようのない怖さや虚無感を感じて、しばらく立ち直れなかった記憶があります。

ネットでも、かぐや姫の物語 考察と検索してみると、多くの人があの最後について「トラウマになった」とか「後味が悪い」といった感想を抱いているようですね。

特に、かぐや姫の物語の月に帰るシーンで流れる明るすぎる音楽や、彼女の記憶が消えてしまう描写には、生物的な恐怖すら覚えます。また、劇中で再会を果たすかぐや姫の物語の捨丸とのシーンも、あれが現実なのか夢なのかで解釈が分かれるところですよね。

この記事では、そんなかぐや姫の物語のラストが怖いと感じる正体や、物語の背後に隠された深い意味について、あくまで私自身の解釈という前提で、じっくりと紐解いていきたいと思います。この記事を読み終える頃には、あの救いのないような結末が、実は今の私たちに贈られた「生の賛歌」とも受け取れるのではないか、と感じていただけるはずです。

  • 月の世界が象徴しているように見える死の概念と、なぜラストが怖いと感じるのかという個人的解釈
  • 天人の音楽や来迎図を想起させる演出が視聴者に与える心理的インパクト
  • 捨丸との飛翔シーンに見られる主観的演出と地球再評価の意味についての考察
  • かぐや姫が受けた罪と罰をどう読み取るか、そして現代社会にも通じる閉塞感

死の演出から読み解くかぐや姫の物語の考察

物語の終盤、かぐや姫が月へと帰る一連の流れには、高畑監督が意図的に配置したと思われる「死」を連想させる演出が数多く散りばめられています。なぜ私たちはあのシーンにこれほどの恐怖を感じるのか、その理由について、私なりの視点で迫ってみましょう。

月の世界が象徴する実存的な死の意味と解釈

地球(生・変化・腐敗)と月(不変・無垢・無感動)の対比を示し、月が人間的な感情を持たない「心の死」の象徴であることを説明する比較図。

作中での「月」は、単なる故郷ではなく、現世である地球に対するアンチテーゼとして描かれているように感じられます。月の住人には「悩み」もなければ「悲しみ」もなく、同時に「喜び」すら存在しません。これは仏教的な悟りの境地を想起させる一方で、人間としての感情を一切持たないという点では、私には「心の死」を表現しているようにも見えました。

月の世界は「不変・無垢・無感動」であり、それは変化し腐敗していく地球の「生」とは対極にある、無機質な状態を象徴していると解釈することもできます。

かぐや姫の物語の月に帰るシーンの演出意図

迎えに来る天人たちの行列は、こちらの悲痛な叫びを一切無視して、事務的に、そして淡々と任務を遂行します。この「対話の不成立」という構図が、このシーンを際立たせていますね。どれだけ両親が泣き叫んでも、侍たちが武器を構えても、月の使者たちは笑顔のまま近づいてくる。この圧倒的な他者性は、私には死という抗えない運命のメタファーのように感じられました。

迎えに来た天人の行列が悲鳴を無視する「対話の不成立」と、不気味に明るい「天人の音楽」が異質性を際立たせることを説明する図。

かぐや姫の物語のラストが怖いと感じる理由

多くの人が「ラストが怖い」と感じる最大の理由は、そこにある「絶対的な断絶」にあるのではないでしょうか。普通の映画なら、最後に何らかの救いや再会の約束があるものですが、本作はそれをあえて提示しません。

愛する人たちの記憶を強制的に消去され、魂が抜け落ちたような表情で月へ去っていく姿は、認知症の進行や人格の消失を重ね合わせて見る観客も多く、根源的な恐怖を呼び起こします。

かぐや姫の物語の最後に見る救いのない虚無感

かぐや姫が去った後、地上に残された翁と媼の姿があまりにも悲痛です。彼女のこれまでの苦労や地球での思い出が、羽衣一枚で「なかったこと」にされてしまう。「この世は生きるに値する」とようやく気づいた瞬間にすべてを奪われるという展開が、視聴者の心に深い虚無感を残しているのだと思います。

高畑監督が込めたあらすじに潜む罪と罰の解釈

キャッチコピーにも使われた「罪と罰」という言葉について、公式には明確な定義は示されていませんが、私は彼女の罪とは「地球への憧れを持ってしまったこと」そのものだったのではないかと解釈しています。清浄な月の住人という立場からすれば、不浄とされる地球に心を寄せること自体が逸脱であり、堕落と見なされた可能性があります。そして罰とは、「地球の美しさを知らせ、愛着を持たせたうえで、それを無理やり引き剥がすこと」。そう考えると、これ以上残酷な罰はないようにも感じられます。

泣いている瞳の中に翁と媼が映る様子と、羽衣をかけられた後の無機質な灰色の瞳を並べ、記憶と個性の消滅という悲劇を描いたイラスト。

絶望を煽る天人の音楽と図像学的な違和感

あのラストシーンで流れる軽快な「天人の音楽」には、本当に度肝を抜かれました。悲しい別れの場面であるにもかかわらず、音楽はサンバのように明るく、楽しげです。この音楽の不協和音こそが、

月の住人が地球人の苦しみを理解していない、あるいは理解する必要がない存在であることを示しているように感じられます。

私たちの絶望をよそに、世界や宇宙の摂理は淡々と進行していく。その不条理さが、来迎図を想起させる構図と重なり、強烈な違和感として残ります。

生の肯定を再評価するかぐや姫の物語の考察

ただ怖いだけでなく、本作がなぜ傑作と評され続けているのか。それは、死や喪失を描くことで、逆説的に「生きること」の輝きを強調しているからだと私は考えています。後半では、かぐや姫の生命力が爆発する場面を中心に見ていきます。

かぐや姫の物語で捨丸との再会が意味する幻影

終盤の捨丸との飛翔シーンは、この映画の中でも特に美しく、同時に切ない場面です。私は、あのシーンは物理的な現実というよりも、かぐや姫の主観の中で描かれた夢、あるいは願望の投影だったのではないかと捉えています。地球で愛する人と共に生き、四季を感じたかったという彼女の切実な想いが、あの空を飛ぶ瞬間に凝縮されているように思えるのです。

圧倒的な生命力を表現した疾走シーンの凄み

宴から逃げ出したかぐや姫が山へ向かって走るシーン、あの荒々しい筆致のアニメーションには圧倒されました。輪郭線が崩れ、背景が溶けていくような描写は、彼女の「抑圧された感情の爆発」を視覚化しているように見えます。美しく整った「お人形」であることを拒否し、一人の人間として生きたいと叫ぶエネルギーが、あの独特な「線」に込められているように感じました。

激しい筆致で描かれた疾走するシーンと、捨丸と空を舞う色彩豊かなシーン。彼女の「生きたい」という叫びと願望の投影。

羽衣がもたらす記憶の消去と個の消滅の恐怖

羽衣がかけられた瞬間に瞳の光が消える描写は、アイデンティティの消失を強く印象づけます。彼女が地球で獲得した「喜び」「怒り」「哀しみ」といった心の彩りが一瞬で失われる。この

「自分を自分たらしめていた記憶が奪われること」
泣いている瞳の中に翁と媼が映る様子と、羽衣をかけられた後の無機質な灰色の瞳を並べ、記憶と個性の消滅という悲劇を描いたイラスト。

こそが、本作における最大の悲劇であり、死の本質を突きつけているように思えます。

来迎図の構図を反転させた絶望的なスピード感

月の迎えが来てからの展開は、驚くほどスピーディーです。観客が感情を整理する暇も与えないこの速度は、死の不可逆性を強く印象づけます。私たちの人生も、終わる時はあっという間なのかもしれません。その突き放すような冷たさが、この映画独特のリアリズムを支えているように感じられます。

社会的な閉塞感を描いたジェンダー論的な視点

物語を振り返ると、かぐや姫は終始「誰かの所有物」として扱われてきたようにも見えます。良かれと思って都会へ連れて行く翁、力で関係を支配しようとする帝。彼女が月に助けを求めた直接的なきっかけが帝の強引な振る舞いであった点は、非常に現代的な問題意識とも重なります。「自分の人生を自分で選べない」という閉塞感が、彼女を月という場所へ向かわせた一因だったとも考えられます。

現代に通じる「自分の人生を選べない」閉塞感

現代に響くメッセージとかぐや姫の物語の考察まとめ

最後に、かぐや姫の物語 考察としてまとめると、この作品は決して「死を恐れよ」と説いているわけではないと私は感じています。むしろ、これほど残酷で、苦しくて、思い通りにならないこの地球こそが、色彩に満ちたかけがえのない場所なのだということを、かぐや姫の叫びを通して伝えているのではないでしょうか。

地球が色彩に満ちたかけがえのない場所であること、そして最後に振り返って流した涙が、不完全な世界で生きる価値の象徴であることを示すスライド。月に帰った彼女が、最後に一瞬だけ地球を振り返って涙を流す場面。あの涙こそが、私たちが今この不完全な世界で生きていることの価値そのものを象徴しているように思えます。2026年の放送を機に、ぜひ皆さんもご自身の視点で見つめ直してみてください。

画面いっぱいの瑞々しいタケノコのイラスト。喪失の物語が教えてくれる世界の輝きについて、読者に問いかける結びのスライド。

※本記事は、作品の内容や公開情報、過去のインタビュー記事などを踏まえつつ、筆者個人の解釈・考察を中心にまとめたものです。解釈には個人差があり、また情報についても変更・補足が行われる可能性があります。内容の正確性については、必ずスタジオジブリ公式サイトや公式資料・インタビュー等で最新情報をご確認ください。

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